お侍様 小劇場

   “知らぬが花…?” (お侍 番外編 104)
 


五月の果物といや、
枇杷に杏、
メロンに甘夏、グレープフルーツ。
そうそう、マンゴーも今時分だそうですよ?
六月に入れば、すももにさくらんぼや、
ブルーベリーに夏みかんも旬に入りますね。
桃やデラウェアは七月でしょうか。

 「勿論、南国ではもっと早くに収穫されるものもありましょうし、
  ハウスものというのもありますから、一概には言えませんが。」

青玻璃のような双眸を優しくたわませ、
おっとり笑う七郎次の、
紡ぐ言葉…よりも、
伸びやかで甘いお声へ聞きほれているような。
そんな様子の次男坊なのへ、

 “しようのない奴よの。”

まだまだ十代という若輩でありながら、
怒らせればそりゃあ冷ややかな殺気さえまとう、
そんな剣豪の他愛のない様子へこそ苦笑をこぼしつつ、
こちらもそれは和んでおいでの御主人だったりし……




       ◇◇


明るい陽射しが降りそそぐリビングの窓越し、
七郎次が丹精している庭の茂みや芝草が、
それは発色のいい明るい緑に輝いているのが目映いほどであり。
春先にはそれは目立つだろうサクラや、
薔薇や蘭といった、凛と大輪の華やかな花こそ育てていないが。
柵よりの一角、アジサイの茂みが、夏も間近なこの時期、
しっかりした威勢のいい葉をたわわにつけているのが、
何とも溌剌としていて爽やか。
梅雨の走り、卯の花くたしの雨が数日ほど続いていたものの、
今日は昼から陽もさして、
久方ぶりの初夏の日和が戻っており。
市立高校に通う身の次男坊は、
白皙にして類稀なる風貌の玲瓏透徹なところからも、
全国レベルで有名なほどの剣士としての実力からも、
随分と注目されている我が身にとんと気づいていないようで。
それはそれは愛しい母上と、少しでも一緒にいたいがため、
義務である学業、授業が終れば鉄砲玉のように帰宅する、
一頃、新婚の夫へ言われた“伝書鳩”状態を続けておいで。
今日はといえば、中間考査前の短縮授業だとかで、
そりゃあ はやばや帰宅した彼だったのだが、

 「……?」

そんな自分よりも早い時間からいたらしい、
リビングに座を占めていた当主こと勘兵衛の姿に、
怪訝そうに小首を傾げた彼だったのは言うまでもなく。
朝、同じ頃合いに会社へと出社したはずの勘兵衛が、
もう帰宅していたのが何とも意外で。
閑職どころか誰より頼りにされている、特別職づきの秘書室長、
一体何があっての早引けかと、

 「???」

何だ何だとその紅色の双眸を、
ついつい…微かながら見開いてしまった久蔵だったのへ。
それがそれとあっさり判る七郎次が、
ちょっぴり眉を下げつつも、
舞いか何かの所作事のような綺麗な仕草で、
その口許に人差し指をすっと立てて見せたので。

 “  ………ああ。”

そうかとようやっと納得がいった。
一旦は出社したところで、その出先へでも連絡がいったのだろう。

  勘兵衛のもう一つの肩書き、
  彼にしかこなせぬ
  “絶対証人”としての務めへの知らせが。

何かの証拠隠滅や、誰かの抹殺が目的という、
巧妙に図られた偽装事故や、
若しくは…汚れ仕事を担う輩を引っ張り出しての、
なりふり構わぬ暴動や、火種が随分と遠い輻輳事件など。
状況のみならず物理的にも凄惨壮絶な事態へと、
単身で飛び込んでゆき、
人の命や尊厳を踏みにじるような非道が行われたことや、
それによって強引にもみ消されそうになった、
誰かに都合の悪い真実があったことを拾い上げるという、
それは苛酷な任務も少なくはないけれど。
日頃の、彼が出張るほどでもない案件へは、
担当した人物から報告される顛末を聞き、
結果を確認することで完了となる。
国内での任務や仕置きは、そちらのケースが断然多く。
勘兵衛の悠然とした様子と、
それへ接する七郎次の何ら変わらぬ態度から察するに、
今日の呼び出しとやらも、大方その程度の代物だったのだろうと思われた。
特に当代においては、
西の総代とその双璧固める兄弟が切れ者ゆえ、
永く東の総代を務めて来た、木曽支家の惣領が、
事実上不在な現状であれ びくともしない、
……のではあるけれど。


  「…っと。は〜い。」


唐突に自己主張を始めたのは、
リビングの一角に据えられた固定電話であり。
どう言い繕ったか、直帰という段取りにしたのだろ、
勘兵衛への呼び出しとも思えない。
表向きの商社マンとしての仕事への連絡も、
確実を帰すため、彼の手元にある携帯へと掛かってくるだろうからで。
それでも反射的にちらと目線が上がったのへ、
こちらもその青い双眸をゆるゆると揺すり、
私がと素早く立っていった七郎次と入れ替わるように。
まだ合服仕様の制服姿のまま、
リビングの窓辺寄り、ソファーが並べられた一角へと足を進める久蔵で。
空いていた座に腰掛け、
おっ母様が手際よく淹れて下さった
自分への茶へと手を伸ばし掛かったところ、

 「ええ。……はい?」

おややとその手が止まったのは、
電話に出た七郎次の口調が、微妙に堅い抑揚となったから。
勘兵衛もまた、おやと、
その両手の差し渡しへ広げていた新聞から、
その視線を再び上げており。
おっとりして見えるのはある種の擬態、
実は彼もまた随分と苛酷なあれこれを掻いくぐった身ゆえ、
多少の突発事くらいでは さして動じない性分のはずが、

 「………いえ、あの、何も訊いてはおりませぬ。」

微かに狼狽含んで視線が泳ぎ、
しかもこの口調は、
島田の家にかかわる人が相手だという堅苦しさではなかろうか。

 「……。」

彫の深い顔貌がますます鋭角的となる、
怪訝そうな目線となったを隠しもしない勘兵衛なのも。
煩わしい内容なのか?と案じてのそれなのだろうと思われたが、

 「そうですか。…はい。では、ご連絡がありましたらそのように。」

微妙に不穏だったのは、ほんの一瞬のことであり。
受話器を戻した七郎次は、
打って変わっての晴れやかなお顔…というには微妙な表情のままながら。
それでも、彼の態度を見やる家人二人へは、
何でもないないとの素振りで かぶりを振って見せ、

 「征樹様からのお問い合わせです。」

短く告げたその一言へ、
あっという納得顔になり、
すぐさま理解に至ったこちらの二人だったのもいつものこと。

 「何だ、また姿をくらましておるのか、良親は。」

ほんの先程、顔を合わせたばかりだというにと、
くつくつ微笑った勘兵衛なのへと、
はは〜んと久蔵の紅の双眸が微かに揺れる。
勘兵衛が呼び出しだけ受けたらしき“務め”というのも、
西から来ていた須磨支家の惣領、丹羽良親がかかわった代物だったのだろう。
その顛末報告が済んだ途端、
隋臣でもある山科支家の佐伯征樹を撒いて 姿を消した…というところか。
問い合わせて来たのが征樹だったという口ぶりの七郎次であり、

 “須磨の家令の山崎や、惣右衛門の伯父貴ではないということは…”

帰途にあっての不明ではなく、
こちらでそのままいなくなったということでもあり、
最近、上京してくるといつもという常套化しつつある騒ぎだなぁと。
こちらは征樹の弟・如月と懇意にしている久蔵が、
やはり時たま問い合わせを受けるのでと、ほんのり実感しておれば。

 「征樹様も如月さんも大変ですね。」

そんな自分の想いを代弁するかのように、
七郎次がくすぐったそうなお顔でそうと口にした。
たとえ一族の人間だとて、任務のことへは口出し厳禁。
ましてや名乗り上げをしていない七郎次、
触れてさえならぬ身だとは、自身でもようよう判っておいで。
そこのところへはちゃんと心得てもいようけれど、
それでも…と、そんな彼の目にも余るのか、
ついつい物言いしたくなるのも判らないではない。
いろいろ抱えた一族の者らの中でも、一際重圧抱えた自分たちなのへと、
切ない錯綜ごと理解した上で、
裏表なくの親身になって接してくれている、あの西の気さくな総代様は。
このところ、プライベートの方でも妙に忙しくなられているようで。
単なる血統の順で継いだ立場だからというのじゃあなくて、
実力もあるし、その柔軟で懐ろ深い人柄から、
人望も一族の内外厭わず 多数集めておいでのお人。
だというのに…と、
最も間近な側近の二人さえ振り回し、行方を晦ます良親なのが、
少々理解できなかったりもするのだろう。
そんな含みのある遠回しな言いようだったことへも、
何かしら感じ入ったというような。
霞が滲み出して来るかのように、静かな苦笑を口許へと浮かべた勘兵衛。

 「何の、あの二人が頼もしいから、
  余計に羽目を外しておるのだ、良親もな。」

惣領格だということは、
どこかで孤高の立場におかれ、
きつい英断なり選択なりを強いられもする。
のちのち後悔を抱えるだろうと、今から判っておりながら、
それでもと選ばにゃならぬ犠牲だってあるかも知れぬ。
立ち止まらない、屈しない強さは、
非道をなす存在と変わらない“傲慢”かと。
聡明なればこそ、そんな苦悩とも向かい合い続けており。

 どこまでもいつまでも、
 羽を休めずに独りで飛び続けるのは辛い

  とはいえ

 何か誰かに凭れたり頼ったりすれば、
 そこがやがては脆くなると。
 そんな対象をも、
 自分の抱える修羅の業火へ引きずり込んでしまうと。
 判っているから、その安息さえ時に痛くて…


  「どうやらやっとのこと、
   伴侶にしたい存在へ、
   目が向いている良親らしいのでな。」

それと気づいておればこそ、
征樹もまた、頭から押さえ込む訳にもゆかぬのだろうさと。
そんな彼より間違いなく外堀に立ちながら、
そこまで把握しておいでの彼なのが、
こちらは七郎次の胸へも 迫る何かを感じさせ。

 “勘兵衛様…。”

自分もまた、そのような孤高に身をおく立場であり。
最も大切で護りたい存在にさえ、
身も心も振り絞るような、
切なくも苦しい哀しみ、
既に幾度も、味あわせても来た自覚もあればこそ。
良親の迷走ぶりへ、しようのない奴だと眉をひそめつつ、
そんなしてしまう心情が、判らぬでもない御主なのかもしれず。

  「?」
  「…いえ。」

ついつい見守っていた視線を見返され、
何でもありませんと、かぶりを振った七郎次だったのへ。

 「………。」

このような、
無言のうちにも判り合え、包容し合っておいでの二人へこそ、
頼もしさと……言いようのない切なさとを感じ取り。
五月の終わり、梅雨の晴れ間の目映さの中、
それから逃れるふりをし、ふっと目元を伏せた久蔵殿だった。








   おまけ


 「……それにしても。」

西の微妙な混迷ぶりも、
山科の佐伯兄弟という頼もしい双璧があってこそ、
こんな風に口に出来るレベルで押さえられているとも言えて。
他所のことを言えないながら、それでもつい、
久蔵が思ってしまったのが、

 「女っ気がないのも無理はない。」

あくまでもナンバー2だと一歩下がって、
常にご自身の立場をわきまえておいで。
生真面目そうに見せつつ、実はざっかけなくて、
悪ふざけにも事情が通じる征樹といい。
年齢不肖な華やかな容姿を、
されど 嫋やかな物腰で柔らかく馴染ませて。
初見の相手とでも難無く打ち解け合うこと、こなせる如月といい。
如才のない彼らにこそ、
人心地つける そういった相手がいても不思議はないはずが、
浮いた話も沈んだ話も聞かないなぁとの意を込めた言いよう、
ぼそりと口にした久蔵だったが、

 「…………え?」

そうですよねぇと、苦笑交じりの同感が返って来るかと思いきや。
勘兵衛へと淹れ直したお茶を差し出していた、七郎次の手が止まる。
しかも…勘兵衛もまた、意外そうな顔でこちらを見やっており。
意外な反応の集中砲火を受けた久蔵、
え?え?え?と
たじろぎ半分、彼らからの視線に圧倒されておれば、

 「そうさな。
  相手が名乗り上げ前だ、知らぬのも致し方ないか。」

すぐにも表情を戻した勘兵衛の声で、
七郎次もまた なめらかに驚きの色を引っ込める。
久蔵は確かに木曽の支家の次代の当主だが、
今のところは未成年なので、
島田一族の“務め”を果たす人員としての“名乗り”をしておらず。
よって、様々な伝達事項のうち、
彼へは届いていないものも多数ある…ということで。
恐らくは、七郎次でさえ認知していたことゆえに、
久蔵も知っていたことと勘違いしていた二人だったのだろう。

  ………で

 「…まあ、話しておいても支障はなかろうが。」

如月からさえ訊いていなかったのが意外だったが、
だがまあ、あの青年もまた、
スルリと人からの関心を逸らすのが得手なところが
良親の影響を多大に受けておいでなのだろと。
そんなこんなの納得の末、
ふふと微笑った勘兵衛だったのへ。
そうですねと はんなり頷いた七郎次が、
そのまま久蔵へと告げたのが、

  「征樹様には、許婚者様がおいでなんですよ。」

   ………………え?

 あれほどの風貌であの仕事っぷり、誰もいないじゃ済まぬだろ。
 勘兵衛様、そのお言いようはちょっと…。

 「でも、他の女性なりその親御なりが全く言い寄らぬのは、
  お忙しい身だからというだけじゃない、
  そんなお人が既におありだからですものね。」

何だか…親戚筋の間近い結納話のような語らいになって来た二人なのへ、

 「……………。」

こちらはまだ少々呆然としたままの久蔵。
危うく、熱いままのお茶を口にしかかって、
「あ、まだ冷まし切っておりませんっ。」
七郎次から制されたりしたほどの、心ここにあらずっぷりだったりし。

 「そういや、
  こっちにお住まいなのだったな、空木
(うつぎ)のご令嬢は。」
 「ええ。
  大学までの一貫教育を謳う女学園に通っておいでですからね。」

そういや、島田の一族の子供らに受けのいい七郎次は、
折々の節季の挨拶などで勘兵衛の名代として支家を回る折、
あちこちでそういった子供らの話題も見聞きしており。

 “………子供?”

あれあれ? 確か征樹は七郎次より少し年上じゃあなかったか?
なのに何で子供の話が………と 思ったとほぼ同時、

 「この春、中等部へ上がられたそうですよ。」
 「さようか。さぞかし愛らしゅうなっておなりだろうな。」




       はい?








   〜どさくさ・どっとはらい〜  11.05.25.


  *拍手お礼SSに引き続いての、西の佐伯兄弟ネタです。(笑)
   オリキャラ話はつまんないという方にはすいません。
   随分と前のいつだったか、
   良親さんや征樹さんは既婚者だと思ってたと言われたのを思い出し、
   でも、良親さんは既に心に決めたお人がおります設定。
   じゃあ征樹さんは?と発展しての こたびの顛末です。

   ……いや別に“ロリ○ン”ってワケではないのですよ?
(大笑)
   齢幼くして、されど…という、特別なお嬢様だってだけの話ですvv

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


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